2004.02.05

【トリインフルエンザ 専門家に聞く2】 けいゆう病院 小児科部長 菅谷憲夫氏 もし「新型インフルエンザ」パンデミックが始まったら 迅速診断キットとノイラミニダーゼ阻害剤で防衛

 もし新型インフルエンザの大流行がいま始まったらどうするか。臨床医の立場にある菅谷憲夫氏(けいゆう病院=横浜市西区、写真)は、以下の4点を指摘する。1.感染者への迅速診断キットによる診断とノイラミニダーゼ阻害薬の処方による治療が主役、2.迅速診断キットとオセルタミビルの在庫、備蓄量が重要、3.日本の新型インフルエンザ治療能力は現時点で世界最高水準、4.開業医のインフルエンザ日常診療体制を盤石にすることが新型インフルエンザ対策にもなる−−。

■新型インフルエンザ流行のリスク

 トリインフルエンザが新型インフルエンザになってヒトの間で流行するパンデミック(汎流行)はいつ起こっても不思議ではない。必ず来るだろうが、1カ月後、1年後、5年後、10年後、いつかは分からない。

 ただ、いつ来てもおかしくないと認識しておくことが大切だ。現在のH5N1型の感染者は数十人というレベルだが、パンデミックとなればケタ違いで、日本だけで3000万人といった規模の感染者が発生することを想定しておかなければならない。流行となれば、現実的かつ有効性のある対処をしなければならない。

■発生時の対応は?

 ワクチンは発生から数カ月後には大量生産が軌道に乗るだろうが、そのときはもう新型インフルエンザの第1波は終わっているだろう。それまでが勝負になる。だから、当初の対応は、迅速診断キットとノイラミニザーゼ阻害薬の使用が主役になる。
 
 現在のインフルエンザ迅速診断キットの中には、H5N1型を検出することが確認されたキットもある。現在のキットでは既存のA型インフルエンザか新型インフルエンザかの区別は付かないが、H5N1型でも陽性と出る製品はあるようだ。新型インフルエンザが疑われれば、それを使用して、陽性ならばすぐにノイラミニダーゼ阻害薬を処方する。ノイラミニダーゼ阻害薬はその機序からして新型インフルエンザにも有効だと考えられている。迅速なノイラミニダーゼ阻害薬の服用は重症化を防ぎ、致命的な事例を大きく減らすだろう。実は、現状では新型インフルエンザの対応は、既存のインフルエンザの対応と基本的には似た内容となる。

 ノイラミニダーゼ阻害薬を大量に備蓄してできるだけ広く国民に予防投薬をすべきではないかという意見があるが、これは臨床医の目から見れば、根本的に間違っている。

 そもそも国民すべてが長期間服用できる量を確保することは不可能である。それに、仮に1億人・1カ月分を用意しても1カ月防御できるだけだ。その間に海外で流行が起こる。日本の備蓄が切れたときに海外からインフルエンザが入ってくる。そのときにはもう薬は尽きている。そうすると1カ月遅れで日本で大流行が起こることになる。新型インフルエンザに全く罹患しないことは難しい。逆に大切なのは早く免疫を作ることだ。罹患しても症状が軽く免疫を獲得した人をたくさん作ることが重要。だから、迅速診断と早期の抗ウイルス薬の投与が戦略の軸となるべきだ。

 医療従事者が感染すると医療機能が停止するし、感染の拡大を助長するので、治療に当たる医療関係者だけにはノイラミニダーゼ阻害薬の予防投薬を許すべきだろう。欧米では、予防や治療を受けられる優先順位を決めている。医療者−−>警察、消防などの社会インフラ職−−>ハイリスク疾患を持つ患者−−>妊婦−−といった具合だ。

 だが、日本ではそうした順位付けはコンセンサスを得にくい恐れがある。そういう意味でも、現状では、予防投薬ではなく、罹患したときに全員が公平に治療・投薬を受けられるようにすることを目標とすることが現実的だ。

■迅速診断キットとノイラミニダーゼ阻害薬

 開業医が日常診療でインフルエンザ迅速診断キットを使用し、ノイラミニダーゼ阻害薬を処方しているのは日本だけ。これは両方とも保険適用になったことが大きい。日本が世界の迅速診断キットのほとんどを生産し消費している。

 また、ノイラミニダーゼ阻害薬の大半も使っている。2002年/2003年のインフルエンザシーズンに、日本では約1000万人が迅速診断キットによる検査を受け、約500万人がノイラミニダーゼ阻害薬の処方を受けたと考えられる。迅速診断キットも初めての使用ではうまく行かない。検体を採取する鼻腔のぬぐい方にもコツがあるからだ。偽陰性の問題もある。全く使用経験がないのと日常的に使っているのでは大違いだ。

 インフルエンザに対する診療体制は5年前とはがらりと変わっている。ワクチンの生産量も激減していたが、何とか1500万人分の生産能力を回復した。ワクチンが第1波には間に合わないとしても、その大量生産体制さえないのとは大違いだ。迅速診断キットが普及して、ノイラミニダーゼ阻害薬が一般的に使用されるようになった。「予防せず、罹患が疑わしければ、安静にする」から、「予防して、罹患が疑わしければ迅速診断キットで確認し、陽性であれば即座にノイラミニダーゼ阻害薬を処方する」に変わった。これは新型インフルエンザにも非常に有効な体制であり、実はインフルエンザ日常診療の体制を整備することが、最強の新型インフルエンザ対応策でもある。

 また、開業医の多くがインフルエンザに興味を持ち、とても勉強を深めた。5年前と比べて、一般の開業医でインフルエンザ専門家をしのぐ知識と経験を持つ医師もたくさん誕生した。

 最悪の事態として今、国内でパンデミックが起こったら、3000万人の感染者の間でノイラミニザーゼ阻害薬を分け合うしかない。インフルエンザの2002年/2003年シーズンにおいて、日本では迅速診断キットとノイラミニダーゼ阻害薬が不足した。そこでノイラミニダーゼ阻害薬が本来5日処方であるのを、3日あるいは2日処方とした経験が多くの医師にある。今、広範囲のパンデミックに遭遇すれば、このときのように患者によっては5日処方を2日処方とし、毎日2カプセルのところをカプセルを分けて1.5カプセルずつ飲むなど、薬を節約して分け合うことも現実的な対応となる可能性がある。

■抗ウイルス薬の余裕在庫と備蓄

 日本はノイラミニダーゼ阻害薬の需要が強く、過去の不足時の不満の声も高かった。今シーズンは行政指導もあって高い生産計画となっており、ノイラミニダーゼ阻害薬のオセミタミビルだけで約1400万人分が生産された。これまでのところ既存インフルエンザの流行が例年ほどではないこともあり、ノイラミニダーゼ阻害薬の流通在庫は潤沢にある。今年は幸いなことに大抵のことには流通在庫で対処できる状況にある。

 ノイラミニダーゼ阻害薬の国家備蓄を新型インフルエンザ防衛策の軸とすべきだが、それも現実的な方法がいい。新型インフルエンザ対策も含めた意味で生産計画を、例えば今より3割程度多い2000万人分まで高めにする。ノイラミニダーゼ阻害薬は使用期限が2年であり、無駄がかなり大量に出るが、残った分は国家備蓄として政府が買い取る。また、万が一のときには、多めの流通在庫が社会防衛を果たす。流通在庫を多めにするように行政指導し、その結果、廃棄分が出るのであれば、そのコストも薬価の原価に組み込んで考えることも重要かも知れない。多くの人命が失われないようにするためには、現実的で今からできる対策から考えていくことが大切だと思う。

(聞き手:埴岡健一、日経メディカル


■ 関連トピックス ■
◆ 2004.2.4 トリインフルエンザ 専門家に聞く1】
国立感染症研究所ウイルス第3部長 田代眞人氏
新型インフルエンザ・ワクチンの開発急ぐ
アマンタジンは無効、オセルタミビルは早期使用が鍵


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