2004.02.03

【トリインフルエンザ 専門家に聞く 1】 国立感染症研究所ウイルス第3部長 田代眞人氏 新型インフルエンザ・ワクチンの開発急ぐ アマンタジンは無効、オセルタミビルは早期使用が鍵

 ベトナムでトリインフルエンザのヒト−ヒト間の感染が疑われ、ヒトへの「新型インフルエンザ」としてパンデミック(汎流行)をもたらすリスクがさらに高まってきた。ワクチンや迅速診断キットの開発の第一線に立つと同時に、現地、WHO(世界保健機関)、政府など、各方面の状況にも詳しい感染研の田代氏に、ワクチン開発をはじめとした防御対策について聞いた。

■パンデミックのリスク

 1997年までは、トリインフルエンザは直接、トリからヒトには来ないだろうというムードがあったのは、甘かった。トリウイルスが豚の中でヒトウイルスと交雑して新型インフルエンザになるという、「ブタセオリー」が頭の中で強すぎたとも言える。トリ強毒型がいきなり来るとは思ってなかったので、みんなが慌てているというのが実際のところだ。最悪でも18年のスペイン風邪規模(世界で5億人が罹患、4000万人が死亡)と考えていたが、今回のH5N1型が、強毒性を維持したままヒト感染のパンデミック(汎流行)を始めたら恐ろしいことになる。今は交通機関や輸送手段の発達で、地球が小さくなっているので、あっという間に世界中に広がる可能性がある。

 H5N1型、H9N2型、H6N1型が、現時点でパンデミックを引き起こす危険性が最も高い3種だ。中でもH5N1型が一番リスクが高いが、他の種類がいきなり大流行する可能性にも警戒を怠れない。さらに67年までの11年間流行していたH2N2型(アジア型)ウイルスも多くの研究室が保管しているので実験室感染から大流行になる危険もあり注意が必要だ。

■ワクチンについて

 ベトナムなどで症例が発生したH5N1型のヒトワクチンを作る場合、候補株は2〜4週間で開発できる。だが、それからが時間がかかる。抗原性と免疫原性が基ウイルスと同じであることの確認、安全性の確認、大量生産に適した株かどうかの確認、ヒトでの有効性の確認、そしてヒトでの安全性の確認だ。結局、候補ウイルスを決めてから大量生産まで3〜4カ月かかり、その後、製剤の試験を行ってから出荷されるので、トータルとしては着手してから供給までは6カ月かかる。現在、世界の4カ所でワクチンが平行開発されている。

 今回のH5N1型は強毒性なので、ワクチン生産用の発育鶏卵がウイルスを植え付けたときに死んでしまい、ウイルスが増えない。また製造従事者が感染を受けると重症化する危険もある。そこでウイルスを遺伝子操作で弱毒化してから鶏卵に植え付ける。ただ、弱毒化するときに抗原性に影響が出ないところを操作しなければならず、同じ抗原性を有するかの検証が必要となる。

 ワクチン製造体制については話し合いが進んでいる。先ごろWHOとワクチンメーカー社が合同電話カンファレンスをした。メーカーは、WHOによってワクチンのヒトへの安全性が確認されるならば、生産するということだった。通常、海外メーカーはWHOの推奨を経て、最終的にはメーカー独自で構造や製法を決める。日本の場合は、感染研がすべて決めて、それをメーカーが作っている。今回は、緊急なので世界的に日本方式になり、WHOの設計通りにメーカーが生産することになるだろう。ただし、遺伝子操作に関するパテント料については、日本でも各メーカーがパテントを持つメッド・イミューン社(米国カリフォルニア州)と契約を結ぶ必要があるだろう。

 ワクチン製造の特許の問題については、既に米国、日本、英国、ドイツ、カナダなどのG7政府が介入して調整している。特許を保持しているベンチャー企業(メッド・イミューン社)は、第1相臨床試験まではこのままやっていいと言っている。第2、3相試験の必要性は状況に応じて判断されるだろう。開発を進めながら、パテント料の問題は解決していくことになろう。そうしないと、大変なことになりかねない。
 
 遺伝子操作によるワクチン製造のためには、たくさんの工程、処理があり、多くの特許が絡む。メッド・イミューン社は、他の人・会社が開発したそのほとんどを買い集めていた。それで、交渉先が一社で済むのでかえって良かったという面がある。特許ごとに持っている当事者が異なれば、まとめるのが大変なところだった。

 これからのワクチンの製造計画、特に生産キャパシティーの割り振りをどうするか、早く決めないといけない。近く、次期シーズンのWHOインフルエンザワクチン推奨株選定会議があるが、通常のインフルエンザワクチンの生産キャパシティーを、新型インフルエンザ用に振り分けることも必要と思われる。これから北半球の国は来シーズン用のワクチン生産に取りかかるので生産能力に余裕はない。ただし、南半球では生産能力に余裕があるだろう。
 
 H5N1型インフルエンザを発症した患者から採取されたウイルスを解析して、構造にヒトウイルスとの交雑部分が見られたり、ヒトウイルスに近い配列があれば、パンデミックのリスクが高まっていることを示す。そうした兆候が見られたら、来シーズンの既存インフルエンザワクチンの生産より、新型インフルエンザワクチンの生産に、生産キャパシティーを振り分ける判断も必要かも知れない。

 迅速診断キットの開発については、どのタイプがヒトへのパンデミックを引き起こすか分からないが、現在はH5N1型に焦点を絞って開発している。SARS(重症急性呼吸器症候群)でも感染研はランプ法によって迅速診断キットを開発したが、今回はSARSのときより早く開発できる。それは、SARSの場合は、患者の検体の入手など、海外との共同研究に時間がかかったが、今回のH5N1型は既にウイルスが手元にあり、早くから構造が分かっているのでその分早いからだ。

■抗ウイルス薬について

 アマンタジンについては、今回のH5N1型は遺伝子構造解析の結果、感受性がないと予想された。さらに、実際にアマンタジンが無効であることが示された。アマンタジンは、インフルエンザウイルスが細胞に感染するときに、ウイルス膜にある、イオンチャンネルに入り込むことでブロックするという作用機序だ。ところが、今回のH5N1型は、そのイオンチャンネルを形成するM2タンパクのアミノ酸が変異しており、アマンタジンが入ることができない。

 アマンタジンが効かないのは困ったことだが、対策の大勢が変わるわけではない。もともと、アマンタジンは効果があるだろうが耐性ウイルスが出現するので、パンデミックの趨勢全体を決めると思っていなかった。もちろん、安価なアマンタジンが効くことは初期拡散のスピードを若干遅らせ、ワクチン開発などの時間稼ぎにはなったのだが。

■感染ルート分析など

 ベトナムのH5N1型は、ウイルスの遺伝子解析をして配列の違いを基に系統樹を書くと、97年の香港株とは少し異なっている。感染ルートを解析するため、ウイルスの系統樹分析が行われており、WHOではH5N1型トリインフルエンザウイルスを解析済みだ。これにより、どこから来たかが推定されるようになるだろう。

 H5N1型には弱毒型と強毒型があるが、今のトリインフルエンザは以前の強毒型の再来ではなく、共通の先祖である弱毒型から新たに強毒型になったのかもしれない。トリのウイルスがヒトにおける新型インフルエンザウイルスに変化するためには何段階ものバリアーを越えなければならず、それには何カ月もかかるだろう。しかし、ウイルス遺伝子の交雑によってヒト型ウイルスの遺伝子を取り込んだ場合には、一気にヒト−ヒト間の伝播力を獲得する危険がある。今回のH5N1型は強毒型であるので、多数のトリが死亡したために早く気が付いた。従って新型インフルエンザになるずっと手前の段階で対処しうるチャンスがある。一方、従来の新型インフルエンザはトリの弱毒型ウイルスに由来していた。弱毒型のトリインフルエンザはトリが死なないので気付かれず、かえって密かに新型インフルエンザへの進行が進む可能性があり恐い。

 ベトナムのトリインフルエンザの起源は、中国大陸の可能性がある。中国では数カ月前から広がっていたという情報もあり、詳しく調べる必要がある。

■臨床情報

 ベトナムの患者の詳しい臨床データはまだ入手していないが、既に調査チームが現地入りしているので、間もなく詳細なデータが来るだろう。ただし、香港やオランダで発生したときは医療体制が整っており、ICU(集中治療室)に入院中に徹底的にデータを取った。今回はあまり十分なデータが揃わない可能性がある。

 たまたま、アマンタジンを使った患者は効かなかったが生存しており、ノイラミニダーゼ阻害剤(オセルタミビル)を使った患者は亡くなったそうだ。オセルタミビルは効くと考えられているが、特効薬というわけではなく、その効果は使用時期に左右される。

■防御体制

 ベトナム株がヒト−ヒト間の感染伝播力を持っているかが最も重要だが、そのヒト−ヒト感染がありそうなので、さらに警戒を強めなければならない。
 
 渡航禁止措置は、ヒトからヒトへの感染の流行が察知されたら実施するかどうか。ただ、新型インフルエンザのヒト大流行がいったん始まったら、渡航禁止をしてもしなくても早晩、世界中に広まってしまい、パンデミックを抑えることはできないだろう。もちろん、渡航禁止の効果は皆無ではないだろうが、少しの時間稼ぎ程度だ。

 ヒトへの感染が始まってから数カ月程度で大流行の開始(アウトブレーク)になる可能性がある。もし、実際は、もっと前から広く鳥インフルエンザが流行しており、知られていないヒトへの感染もあったのなら、その導火線はもっと短いことになる。ウイルスに時間を与えることが、ウイルスにチャンスを与える。ウイルスは増殖時、数万〜数十万回に一度変異を起こすが、増殖回数を重ねるほど、ヒト−ヒト感染を容易に来す変異を起こす可能性が高まる。

 トリへのワクチン投与はメリット、デメリットがある。中国産のトリ用ワクチンは今回流行中のH5N1型と系統が違う。95年のユカタン半島で流行したH5N2型を原株としており、ベトナム型とは完全には一致しない。感染は防御せず発症だけが抑えられていたので発見が遅れて、実際はずっと広がっていたのではないかとの指摘もある。そうした水面下の流行の中で弱毒型のH5N1型の変異によって強毒化したのが、今のベトナム型ではないか。このように合わないワクチンを投与することは状況を悪くするだけかも知れない。

 過去には、ペンシルバニアの失敗経験がある。82年に米ペンシルバニアでトリに発生したH5N2型は、もともとは弱毒型だった。これは基本的には強毒型であったが、HAタンパクのプロテアーゼ解裂部位を一つの糖鎖が覆っていたために弱毒型となっていた。一つのアミノ酸の変異が起こっただけで、その糖鎖構造が取れて、強毒性を発揮するようになり、トリの大量死を招いた。弱毒型といって軽視はできない。

 2003年、オランダでH7N7型でヒト−ヒト感染が3例確認されたとき、WHOの危機管理システムでは本来、もう一段危険段階のレベルを上げなければならなかった。ところがアジアはSARSで手一杯だった。WHOが勧告を出すと、必須事項として各国は対応をしなければならない。あの状況では実施できない国があるものと、政治的判断から警報発出が差し控えられたという経緯がある。もちろんオランダをはじめWHOインフルエンザ部門はワクチン開発などの準備は進めた。

 97年の「新型インフルエンザ対策検討会」の中間報告書は、対処すべき基本的事項をまとめていたが、「べき論の作文」的な側面があるので、今は中身を詰め実行できる行動計画とその準備をしなければならない。
(埴岡健一、日経メディカル

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