2004.01.30

SARSウイルスは3段階の“進化”を遂げた−−中国・米国共同研究が解明

 重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こす「SARSウイルス」が、3段階の過程を経て進化したことが、中国と米国の共同研究から解明された。最も急速な変異が起こっていたのは流行の初期段階。流行の中間段階では「ヒトからヒトへの高い感染力」を獲得、最終段階ではヒトとの共存に適した遺伝子型が選抜されたという。研究結果はScience誌に近く掲載される予定で、1月29日に「Science Express」(Science誌に掲載予定の原著論文を早期公開する専用サイト)上で公開された。

 SARSウイルスは、およそ3万塩基からなる巨大なRNAウイルス。レプリカーゼ(ウイルスの複製酵素)など非構造蛋白をコードする遺伝子(ORF1a、1b)が全体の3分の2を占め、その下流にスパイク蛋白(ウイルスの外側に突き出した刺状構造)、エンベロープ(外殻)、膜蛋白、ヌクレオカプシド(ウイルスRNAを包む蛋白)をコードする遺伝子が並んでいる(関連トピックス参照)。

 SARSの流行が最初に確認されたのは2002年11月で、中国広東省にて最初の患者が見付かっている。この「初期段階」では「ヒトからヒトへの感染率」があまり高くなく、直接接触者の3%程度にしか移らなかった。ところが、2003年1月に、広東省の病院内で最初の大規模流行が発生(関連トピックス参照)。2月には香港を訪れた同病院の医師から香港での大規模流行が引き起こされた。この「中間段階」では、直接接触者への感染率はおよそ70%と異常に高く、SARSウイルスが何らかの変異を遂げたのではないかと考えられていた。

 中国SARS分子疫学コンソーシアムと米国Chicago大学の共同研究グループは、流行の各段階で単離されたSARSウイルス63個の塩基配列を比較。流行の拡大から終焉に向けて、どのような遺伝子変異が起こっていたのかを追跡した。

 その結果、「ウイルスゲノムの長さ」に着目した解析で、流行の初期段階では中間段階や最終段階のSARSウイルスよりも、ウイルスゲノムが29塩基長いタイプが主要株の一つだったことが判明(ほかに82塩基短いタイプも今回初めて見付かった)。この“余分な29塩基”は、ハクビシンから見付かったSARS類似ウイルス(関連トピックス参照)にも存在し、ハクビシンなどに感染するSARS類似ウイルスがSARSウイルスの起源であるとの疑いが濃厚になった。

 また、「塩基配列の違い」に着目した解析では、スパイク蛋白遺伝子とその周辺に、急速な変異を起こす「ホットスポット」があることが判明。スパイク蛋白はウイルスが細胞に取り付く部位で、SARSウイルスはこの蛋白を変化させることで、ヒトからヒトへの感染能を獲得したと考えられることがわかった。変異の速度は初期段階が最も速く、最終段階ではゆるやかな変異しか起こっていなかった。

 以上を総合すると、ハクビシンなど動物由来のSARS類似ウイルスがヒトに感染、29塩基を欠損しスパイク蛋白を変化させることで、ヒトからヒトへの感染能と高い病原性を持つSARSウイルスへと変貌した−−との流れが浮上する。その過程ではスパイク蛋白遺伝子を中心とする塩基配列に様々なバリエーションが生じたが、最終的には、おそらくヒトとの共存に適する、一つの主要株(predominant genotype)に絞り込まれたと研究グループはみる。ウイルスの“分子進化”がこれほど迅速に解明された感染症はSARSが初めてで、今回の研究手法は人類が新興感染症に対処する上で大きな武器となりそうだ。

 なお、論文の末尾には、気になる最新情報が提示されている。昨年12月に中国で発症した、今シーズン最初のSARS患者(関連トピックス参照)から単離されたSARSウイルスのスパイク蛋白の遺伝子配列は、「これまでに見付かっているどのSARSウイルスよりも、ハクビシンから単離されたSARS類似ウイルスに近い」というのだ。昨年流行したSARSウイルスへの再感染ではなく、新たにSARSウイルスが生まれたことを示唆するデータで、このパターンはインフルエンザウイルスと同じ。昨年のような、高い感染力と病原性を備えたウイルスへと進化しないことを祈りたい。

 この論文のタイトルは、「Molecular Evolution of the SARS Coronavirus During the Course of the SARS Epidemic in China」。アブストラクトは、こちらまで。(内山郁子)

■ 関連トピックス ■
◆ 2003.5.2 SARS速報】SARSウイルスの全塩基配列が論文化、Science誌ホームページ上で無償公開
◆ 2003.6.27 SARS速報】中国本土のSARS、公式な“発端患者”について初めての症例報告
◆ 2003.9.5 SARS速報】中国産ハクビシンの“SARS疑惑”晴れる、類縁だが別種
◆ 2004.1.6 SARS速報】中国衛生省とWHO、広東省の32歳男性をSARS患者と確認

■ 参考図書 ■

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