2003.06.29

1日1錠で心血管疾患を8割抑制、英研究者が「万能薬」を提唱

 55歳以上の人なら、1日1錠飲むだけで、心筋梗塞などの虚血性心疾患や脳卒中を8割減らせる−−。そんな「万能薬」が英国の2研究者から提唱された。もちろん、既にそのような薬が存在するわけではなく、臨床試験のメタ分析に基づいた提言の段階。とはいえ、米国心臓協会(AHA)が即日、反論声明を発表するなど、専門医にとってはかなり刺激的な内容だったようだ。研究結果は、British Medical Journal(BMJ)誌6月28日号に掲載された。

 この「万能薬」を提案したのは、英国London大学教授のN. J. Wald氏とM. R. Law氏。心血管疾患は各種の危険因子が積み重なる(マルチプル・リスクファクター)ことでリスクが倍増すると考えられている。1剤で多くの危険因子に介入するためには、合剤にすればいい、というのが発想の骨子だ。

 そこで両氏は、脂質低下薬のスタチン系薬(常用量)とアスピリン(低用量:75mg)、葉酸(常用量:0.8mg)、それに常用量の半量の降圧薬を3種類混ぜ合わせた“6種混合薬”を想定。この合剤(Polypill)を55歳以上の人が服用した場合、どの程度の心血管疾患予防効果が見込めるかを、750件以上の臨床試験をメタ分析して見積もった。

 その結果、この合剤の服用で虚血性心疾患を88%(95%信頼区間:84〜91%)、脳卒中を80%(同:71〜87%)、それぞれ減らせる計算になることが判明。英国では国民の半数が一生のうちに虚血性心疾患または脳卒中にかかるが(生涯罹患率が約50%)、55歳以上の国民が全員この合剤を飲めば、3分の1で疾患を予防でき、予防効果があった人では平均11年無病期間が延ばせるとの見積もりになった。

 一方の副作用は、主にアスピリンによって8%に生じる。さらに、混合する降圧薬3剤として最も安価な薬剤(英国では利尿薬、β遮断薬とアンジオテンシン変換酵素=ACE阻害薬)を用いると、合計で15%に何らかの副作用が予想される。ただし、致死的な副作用はわずかだという。

 両氏の提言の大胆な点は、心血管疾患の予防のために個人が持つ危険因子を評価し、リスクを層別化して介入するという「個別医療」を否定したところ。「西洋社会では我々全員が“ハイリスク”」(両氏)なのだから、リスクの層別化というステップを飛ばし、安価な合剤を全員に投与する戦略も成り立つという考え方だ。

 この提言に対し、AHAは即日、会長のRobert O. Bonow氏(関連トピックス参照)の見解を発表。「今回提唱された合剤の有用性は、現時点ではあくまで推測(speculative)に過ぎない。結論を出す前に、臨床現場での試験が必要だ」。Bonow氏はこう指摘し、さらに、「1剤で全て間に合わせる(one-size-fits-all)戦略では、一部の人は血圧やコレステロール値が治療目標値まで下がらず、十分な治療が受けられない恐れがある。逆に(心血管疾患の)リスクが極めて低い人の場合、薬剤の副作用(による害)が服薬で得られ得る有益性を上回る恐れがある」と危惧した。

 興味深いのは、危険因子の一つである高血圧の診療ガイドラインで、米欧が今回とは全く逆の戦略を提示していることだ。米国のガイドライン「JNC7」では、原則として危険因子の評価を行わず、血圧値だけに基づいて利尿薬(合剤含む)を投与するという、まさに「1剤で全て間に合わせる」戦略を提示している(関連トピックス参照)。逆に欧州高血圧学会(ESH)が推奨するのは、リスクの層別化に基づく個別医療だ(関連トピックス参照)。

 今回の事例では、両局のお膝元から、ガイドラインとは全く逆の見解が飛び出した形。実践的な一律医療か、理想的な個別医療か−−。“最良の治療戦略”を巡る綱引きは、今後も続きそうだ。

 この論文のタイトルは、「A strategy to reduce cardiovascular disease by more than 80%」。現在、全文をこちらで閲読できる(リンク先の運営次第で変更になることがあります。ご了承下さい)。(内山郁子)

■ 関連トピックス ■
◆ 2002.11.19 「ガイドラインを実践する段階に入った」−−会長講演より
◆ 2003.5.15 米JNCが高血圧ガイドラインを改訂、血圧120〜139/80〜89mmHgを「高血圧前症」に
◆ 2003.6.16 ESH/ESCの欧州版高血圧GLが発表、「高血圧前症」を用いず旧来通りの血圧分類を採用

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