2003.06.20

【日本老年病学会速報】 アルツハイマー病ワクチン「AN-1792」、副作用で中止の前期第2相試験結果の詳細が報告

 6月19日の日本老年学会シンポジウム3「アルツハイマー病のワクチン療法−−基礎と臨床」では、昨年1月に副作用として脳脊髄炎が生じることが報告、昨年3月に臨床試験が中止され大きな失望を招いたアルツハイマー病のワクチン療法について、臨床試験にかかわった医師から詳細な情報が開示された。脳炎の合併率は6%と高く、臨床開発が中断されたのはやむを得ないが、一方で高い免疫応答が得られた患者では1年後も認知機能などが維持され、認知機能が正常化した患者もいるなど、ワクチンの効果の高さも浮き彫りになった。

 このワクチン「AN-1792」は、アルツハイマー病患者の脳にみられる老人班の成分、βアミロイド蛋白(Aβ1-42)に、免疫増感剤(アジュバント)として精製サポニン(QS21)を添加したもの。アイルランドのElan社が開発、米国American Home Products社(現社名:Wyeth社)と共同で、欧米で臨床開発を進めていた。

 ところが、前期第2相試験が始まってまもなくの2002年1月、フランスで「AN-1792」の投与を受けた、軽度〜中等度のアルツハイマー病患者97人中4人が、脳脊髄炎を発症したことが判明。その時点で患者登録や、登録患者への試験薬の追加投与は中断されたが、その後も脳脊髄炎を合併する患者が増加したため、臨床試験は2002年3月に正式に中止された。

 「米国と欧州で、中断時点までに前期第2相試験に参加した患者数は総計372人。プラセボと実薬(複数用量)に1対4の割合で割り付けられたため、実薬の投与を受けたのは298人だが、うち18人、6.0%に脳脊髄炎の発症がみられた。プラセボの投与を受けた患者で、脳脊髄炎を発症した人はいなかった」。フランスでの臨床試験に関わった、Bordeaux大学神経学・神経疫学研究ユニットのJean-Marc Orgogozo氏はこう話す。

6%で再燃性の脳髄膜炎が発症、抗Aβ抗体価との関連みられず

 この脳脊髄炎は、米国と英国で行われた第1相試験では確認されなかった副作用だ(後に一人で発症が確認)。前期第2相試験の中断時点で多くの患者が試験薬を既に2回投与されていたが、脳脊髄炎を発症するまでの期間の中央値は初回投与から75日、最終投与から40日と、この副作用は遅延性のものだった。ステロイド治療に反応する患者が多かったが、再燃も認められた。

 症状は頭痛や発熱、錯乱、傾眠などで、18人中12人は数週内にほぼ発症前の状態まで回復したが、6人(2%)には神経学的・認知機能的な後遺症が残り、うち二人は重症、一人は重篤だった。脳脊髄炎の発症率は米国とフランスを除く欧州、フランスとで変わらなかった。磁気共鳴イメージング(MRI)では14人に髄膜の炎症が認められたが、3人には脳の白質にしか炎症が認められなかった。髄液中の白血球数は検査した17人中16人で上昇していた。

 Aβに対する抗体(IgG抗体)は18人中3人では認められず、残りの15人も抗体価は166〜7万5000と幅があり、「抗体価と脳脊髄炎の発症、あるいは重症度とは、何ら相関が認められなかった」とOrgogozo氏は強調した。炎症部位にはT細胞の浸潤が認められていることから、脳髄膜炎は抗Aβ抗体によるものではなく、「AN-1792」によって細胞性の自己免疫反応が引き起こされたためと推察された(Nat Med;9,448,2003)。

 Orgogozo氏は今回みられた脳脊髄炎(SAME)と、ワクチンの副作用としてまれに生じる急性散在性脳脊髄炎(ADEM)とは、再燃が多いという点を除けば様々な違いがあると指摘する。SAMEでは投与から発症までの期間が40〜75日程度と遅く(ADEMは通常6〜15日)、ほとんどの患者で髄液中の白血球数上昇が認められる(ADEMでは約半数)。一方、ADEMでみられる脊髄炎や脳・視神経の炎症はSAMEでは認められない。また、ADEMほどステロイド治療への反応は良くないという。

 脳脊髄炎を呈した患者の詳細な背景因子に関する論文はNeurology誌7月8日号に掲載される予定だが、Orgogozo氏は最後に「6%で脳脊髄炎が生じたことを考えると、Aβを用いたアルツハイマー病の免疫療法は、T細胞性の自己免疫反応を抑制するという方向での改変が必要だろう」と述べた。

組織のアミロイドプラークへの免疫反応性が治療効果に相関

 一方、スイスZurich大学精神科学研究部門のRoger M. Nitsch氏は、スイスで前期第2相試験に参加した30人の追跡調査で、組織に沈着したアミロイドプラークへの免疫反応性が高まった20人では、1年間に渡り抗Aβ抗体価が高い水準に保たれたことを紹介。これらの患者では、1年間で認知機能がほとんど低下せず、うち2人は正常範囲にまで認知機能が改善したことを提示、会場の大きな注目を集めた。

 詳細は既に論文発表されているが(Neuron;38,547,2003)、研究手法としてユニークなのは、組織アミロイドプラーク免疫反応性(TAPIR)という指標でワクチンの“効き”を評価したことだ。30人の平均年齢は72歳、女性が9人で、試験参加時のミニ・メンタル・ステート検査(MMSE)のスコアは平均21点。24人が実薬、6人がプラセボの投与を、試験中断時までに2回受けている。

 30人中20人でTAPIRスコアが上昇、10人では不変だったが、TAPIRスコアが上昇した患者はより高齢で(75歳対70歳)、MMSEのスコアが良く(22点対20点)、コリンエステラーゼ阻害薬の服用期間が短い(2.5年対3.6年)傾向があった。スタチンや非ステロイド抗炎症薬(NSAID)、ビタミンE、エストロゲンなどその他の薬剤の服用歴に差はなく、アポEの遺伝子多型分布にも差はみられなかった。

 追跡期間中に両群とも一人ずつが脱落したが、1年後のMMSEスコアは、TAPIR上昇群(19人)で1ポイント低下、TAPIR不変群で6ポイント低下しており、低下幅に有意な差が認められた。TAPIR上昇群のうち二人では、1年後のMMSEスコアが正常範囲にまで改善したことをNitsch氏は明らかにしたが、一人は26点から30点、もう一人は24点から28点への改善であり、会場からは驚きの声が上がった。介護者による日常生活活動度評価(DAD)も、TAPIR上昇群では1年後もほとんど変わらなかった。一方、血清中のAβ1-42濃度は、両群ともほぼ不変のまま推移していた。
 
 興味深いのは、30人中5人で酵素免疫法(EIA)で評価した抗Aβ抗体価とTAPIRスコアとが食い違ったが、「TAPIRスコア不変、EIA上昇」の二人では認知機能が低下、「TAPIRスコア上昇、EIA不変」の三人では認知機能が不変または改善していたこと。このデータは、ワクチンの効果を判定する指標として、EIAによる抗体価よりもTAPIRスコアの方が鋭敏であることを示唆している。

 Nitsch氏は、「予備的な解析結果では、プラセボ群と実薬群とで(認知機能などに)明らかな差は認められていない」と、過大な期待に釘を刺しながらも、このTAPIRスコアによる評価を全治験参加者に対して進めていることを紹介。将来の課題として、抗Aβ抗体の直接投与(受動免疫)やSAMEを起こさない抗原決定基(エピトープ)の選択などを通し、液性免疫による治療効果とSAMEとを分離することを挙げた。(内山郁子)

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