2003.06.19

【日本老年医学会速報】 老年医学の発展は社会の要請、研究成果の積極的な社会還元を−−会長講演より

 6月18日に開催された会長講演「老年医学とは何か」には、今期学術集会の会長を務める名古屋大学大学院医学系研究科健康社会医学専攻発育・加齢医学講座(老年科学)教授の井口昭久氏が登壇。米国、英国やアジア諸国における老年医療・医学の位置付けを紹介、グローバルな視点からわが国における今後の老年医学の方向性を指し示した。

 井口氏はまず、米国と英国という、特徴的な医療制度を持つ2カ国における老年医学の歩みを紹介した。老年医学は世界的にもまだ歴史が浅く、常に時代の要請に応える形で発展してきた分野だ。最も老年医学の歴史が長い米国でも、「老年医学」という用語が教科書に登場したのは1914年。老年医学会が発足したのは、65歳以上の高齢者人口比率が7%に達した1942年になってからだ。

 その後、1965年に高齢者向けの公的医療保険であるメディケアが導入、1974年には米国国立衛生研究所(NIH)の関連機関として米国国立老化研究所(NIA)が設立された。しかし、それから3年が過ぎた時点でも、老年医学が内科の重要項目だと考える内科医は0.2%に過ぎず、老年医学の充実をみるにはさらに年月が必要だった。

 米国の老年医療・医学の特徴は、老年医療を支える医師以外の専門職が多いこと。研究費の効率良い分配システムも整備されている。一方、老年医学の専門医の絶対数は少なく、他科専門医との給与水準にギャップがあるなど、解決すべき課題も少なくない。メディケアで外来薬剤費が給付されないことなど、主に経済的な理由から、医療・介護へのアクセスの平等性も保たれていない。

 一方の英国では、老年医学会の設立(1948年)に5年先立ち、高齢者専門病棟が設置。1950年代には老年医学が診療科として独立、既に1960年代には医師と看護師、理学療法士、作業療法士などによるチーム医療で老人を診療する体制が確立していた。

 英国では医療は社会保障の一つと位置付けられており、患者は基本的に自己負担なしですべての医療サービスを受けることができる。基幹病院と地域との連携を通し、老年科医を中心としたチーム医療で高齢者診療が進められており、在宅サービスも充実している。研究成果を社会に還元する広報活動も積極的に行われている。

 ただし、老年科医と他科専門医との連携は不十分で、研究歴の老年医学専門教育における位置付けもあいまいになっている。米国のNIAのような、国家的な老年医学研究機関が存在しないなどの課題もある。

 このような特徴を紹介した後、井口氏は米国の高齢者医療を「低負担・最低限サービス保障」、英国を「中負担・国民健康保険によるサービス均質化」と概括。さらに、「高負担・質の高いサービス」のデンマーク、「高齢者の公的扶助概念が希薄で大家族主義」のアジア諸国を対比させ、日本がどの方向に進むべきかを、老年専門医が社会に提示し続けるべきと論じた。

 その際に重要になるのが、日本の社会が老年医学に何を求めているかを掴み取ること。井口氏は、個々の高齢者のニーズに応える「個別性」と、従来の生命科学、社会科学の枠組みを超えた、一貫性を持つ学際的な「普遍性」を兼ね備えた学問の創成が求められているとみる。老年医学こそが、そうした老年学研究の中核となるとの図式だ。研究成果を社会に積極的に還元することも、老年医学の大事な使命になるという。

 さらに、高齢者の健康維持や生活の質(QOL)の向上に、包括的な責任を持つ専門医が必要だというのは世界の合意であり、それが老年科医の役割であると井口氏は強調。世界の先頭を切って超高齢社会に突入する日本から、アジアや世界への情報発信を行う「国際貢献」も欠かせないと述べた。(内山郁子)

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