2003.04.14

【日本産科婦人科学会速報】 ヒトES細胞は公共の財産、再生医療技術開発の核に−−教育講演より

 4月13日に開催された教育講演「ヒトES細胞と再生医療の明日」では、京都大学再生医科学研究所幹細胞医学研究センター教授の中辻憲夫氏が登壇。“万能細胞”とも呼ばれる胚性幹細胞(ES細胞)株の樹立に携わる立場から、ヒトES細胞の継代培養技術確立(細胞株樹立)が持つ意味や、ヒトES細胞を用いる研究が医学・医療の進展に果たす役割について熱く語った。

 ES細胞は、初期の胚(胚盤胞)に含まれる「内部細胞塊」から作製する多能性幹細胞。血液や神経、骨など、あらゆる組織へと分化する可能性を秘めた細胞だ。ただし、普通に培養したのでは、様々な細胞へと勝手に分化が進んでしまう。そのため、医学研究や医療に利用する上では、1.未分化な状態を保ったまま細胞を増やす技術(ES細胞株の樹立)、2.神経細胞や肝細胞など、目的の細胞へと分化させる技術−−の二つの技術開発が不可欠となる。

 後者の技術はもちろんのこと、ES細胞を「未分化な状態を保ったまま増やす」技術も、臨床応用を考える上で重要性が高い。仮にES細胞を使う優れた治療手段が開発された場合、一人を治療するたびに新たなES細胞を初期胚から作り出していたのでは、コスト面そして倫理面で大きな問題となるからだ。中辻氏はヒトES細胞の“原料”が、人の命の萌芽である胚である点を重視すればこそ、「そうした犠牲をできるだけ少なくするためにも、無限に増殖できる細胞株の確立は急務」だと強調する。

 既にマウスでは20年前に、“未分化で無限に増える”ES細胞株が樹立されている。もう一つの「目的の細胞へと分化させる技術」についても、マウスES細胞ではドーパミンを産生する神経細胞や心筋細胞、グリア細胞、インスリン産生細胞、骨芽細胞、破骨細胞など、様々な細胞に分化させることが可能になった。マウス以外の動物では、中辻氏らが数年前にカニクイザルのES細胞株の樹立に成功。実は、ヒトのES細胞株も、既に海外で樹立に成功している。

国内唯一の承認施設、今年1月にヒトES細胞株の樹立に着手

 海外で既に樹立されたヒトES細胞株があるなら、研究にはそれを使えばいいではないか−−。そういう意見もあるなか、中辻氏は「ヒトES細胞は公共の財産。公的な研究機関が細胞株を樹立し、無償(実費)で研究機関に分配するという仕組みを国内で作る必要がある」と指摘。「権利関係などの制約のない形で自由に研究に使え、ウイルス感染などの問題もないことが確認されている、良質な国内細胞株」(中辻氏)を供給する仕組み作りに乗り出した経緯を説明した。

 中辻氏がセンター長を務める幹細胞医学研究センターは、2001年9月に施行された文部科学省の「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」に基づき、ヒトES細胞株の樹立に取り組むわが国唯一の承認施設だ。“原料”となる受精卵は、京都大学附属病院、慶応大学附属病院と豊中市民病院を通して提供される。「(受精卵の両親である)ご夫婦が廃棄を決めた凍結胚に対し、研究にご協力いただけないかという話をするわけだが、日本の指針では必ず夫婦揃って面談しなければいけないことになっている。時間的な制約で面談をしていただけないことが多い」と中辻氏は打ち明ける。

 しかし、今年1月にはついに提供者が現れ、中辻氏らはヒトES細胞株の樹立に向けて第1歩を踏み出した。中辻氏は進捗状況について、「うまくいけば6月くらいに、もう少しはっきりしたことを公表できる」と話す。

課題は免疫拒絶反応をいかに避けるか、融合細胞から有望な結果も

 細胞株の樹立の次に控えている大きな課題は、いかに目的の細胞に分化させるか。中辻氏は「臨床応用が早いのは、ドーパミン産生細胞やインスリン産生細胞ではないか」とみる。いずれも既にマウスで技術確立がなされている上、前者は免疫反応が弱い脳内に移植、後者はカプセル化して皮下に植え込むなどの方法で、免疫拒絶反応を避けることができるためだ。

 それ以外の多くの組織・臓器に関しては、「免疫拒絶反応を無くす」という、第3の技術確立が不可欠になる。様々なアイデアが試みられているが、中辻氏は「将来的には患者自身の細胞を取り出し、目的の細胞に分化させて移植する、テーラーメードの自家移植技術が開発される。ただし、これはおそらく10年から20年先になるだろう」と言う。既に分化した細胞に自分が何の細胞であるかを忘れさせ(初期化)、改めて目的の細胞へと分化させる(再プログラミング)という、2段構えの細胞操作が必要だからだ。

 中辻氏らは既に、ES細胞と体細胞を融合すると、こうした初期化や再プログラミングが起こることを見出している。この方法なら、クローン胚を作らずに、つまり倫理的な議論が尽きない「クローン人間」問題に抵触せずに、拒絶反応を起こさない細胞を作り出せる可能性がある。中辻氏らは今後、融合細胞の臨床応用の可能性について検討を進める一方、「初期化や再プログラミングが何を介して起こるかを見極め、テーラーメード医療へつなげたい」と話した。

 なお、中辻氏らのヒトES細胞株樹立研究に関しては、「ヒトES細胞プロジェクト 情報公開ページ」を通し、概要や進捗状況などが公開されている。文部科学省の「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」は、こちらまで。(内山郁子)

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