2002.12.17

【リクエスト】末期患者のために、どのような医療が必要なのか(コラム:医師も戸惑う健康情報)

 大部分の日本人は病院で最期を迎える。助かる可能性もありながら医師の努力もむなしく亡くなる方もいれば、癌の末期のように死が避けられずそのまま息を引き取る方もいる。後者の場合、いかに患者の苦痛を軽減するか、いかに安らかに最期を迎えるかに主眼が置かれる。前者の場合でさえも、積極的な治療を断念せざるを得ない状況となれば、後者と同様の治療方針に変更せざるを得ない。ところが、多くの医師は疾病の治療に関してはよく知っているが、安らかな最期を迎えるためのノウハウについてはほとんど知らない。したがって、末期患者の治療方針は医師の個人的な考え方に大きく左右されることになる。

 その中で川崎の病院での事件が起こった。主治医が意識不明の喘息患者の気管チューブを抜き、筋弛緩剤を投与して死なせた事件である。確かに筋弛緩剤を投与すれば筋肉を動かせなくなるので、あたかも患者さんは楽になったように見える。しかし、苦しくあえいでいる患者の呼吸筋を筋弛緩剤で麻痺させることは、患者の苦痛をさらに増す行為に他ならない。この場合筋弛緩剤を投与するという行為は、苦しがっている患者をみるのがいやだからという周囲の身勝手な考えからきているものであって、患者のためのものではない。

 海外でも、the Society of Critical Care Medicineに属する内科医の6%は死期が迫った患者に対し筋弛緩剤を投与している。また、9%の患者で延命治療を中止する段階で筋弛緩剤が使用されている(1)。もちろん、これらは川崎の事件のように筋弛緩剤を使って死期を早めようという行為ではなく、最期のときまで筋弛緩剤を使い続けたという意味であろう。しかし、このような投与法であっても筋弛緩剤の投与により患者の苦痛をうかがい知ることができなくなるので、好ましい行為とはいえない。

 私は最近になって、末期の患者では補液を控え、脱水状態にした方が患者の苦痛が少ないという研究結果があることを知った(2,3)。今まで私は経口摂取の困難な終末期の患者の脱水症を改善させるために積極的な補液が必要であると考えてきた。しかし、これらの論文を読んで、積極的な補液は疾病の治癒を目指す医療の延長にすぎなかったということに気がついた。末期患者への補液は必ずしも患者の苦痛をとることにならない。いたずらに補液することは、膀胱を緊満させ、唾液の過剰分泌、喀痰の過剰分泌などを介した呼吸困難の増悪、心臓のオーバーロードを招き、かえって患者の苦痛を増すことになりかねない(4)。実は、疾病を治癒させるための医療と安らかな死を迎えるための終末期医療とは異なるものなのだ。

 私たちは疾病を治癒させる医療と終末期医療をきちんと区別し、末期患者の安楽な死を迎えるための適切なノウハウを取得すべきなのだ。Wayらはエビデンスに照らすと集中治療室における患者の苦痛軽減が適切に行われていないと言っているが(1)、まさに日本の終末期医療も同じであろう。

 いつの時点で積極的な治療を断念するのか?
 それをだれが何を目安に判断するのか?
 その場合の家族とのコミュニケーションをどのようにとるのか?
 その場合の家族の心理に対しどのように配慮したらよいのか?
 積極的な治療を断念した段階でどのように人工呼吸器をはずしたらよいのか?
 末期患者の苦痛の有無をどのように判断したらよいのか?
 末期患者の苦痛をとるためにはどのように薬剤を使用したらよいのか?
 末期患者に何を目安にどのように補液したらよいのか?あるいはしないほうがよいのか?
 末期患者の死後、家族のサポートをどのようにしたらよいのか?

 the Society of Critical Care Medicineがrecommendationを出している(5)ように、日本でも上記のような問題に解答を与えてくれるような終末期医療に的を絞ったガイドラインが必要なのである。

■参考文献■
(1) BMJ 325:1342-1345, 2002
(2) 治療、84:2555-2562, 2002
(3) JAMA 272:1263-1266, 1994
(4) Lancet 337(8747):981-982, 1991
(5) Crit Care Med 29:2332-2348, 2001(この論文のpdfファイルは以下からダウンロード可能;http://www.sccm.org/pdf/EndofLife.pdf

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