2002.05.04

【投稿】 患者になって分かったこと 

 私は西沢と申す45歳の理学療法士です。中学3年と小学6年の娘を持つ父親です。患者になって分かったことを綴らせていただきます。

発症

 1999年(平成11年8月1日)、日曜日の夜、自宅で両側の椎骨動脈の解離を発症、とてもひどいめまいのため立っていられなくなり倒れたため、救急車で東京医科大学病院に運ばれ緊急入院しました。その約3カ月後本格的にリハビリテーション訓練に取り組むために東京都リハビリテーション病院に転院。こちらにも約3カ月間入院し、昨年の10月からこの体験を大勢の人に伝えるため、日本リハビリテーション専門学校に教官として勤務するに至った次第です。

 後遺症としては構音障害、歩行障害、嚥下障害、左同名半盲1/6、左半身温痛覚消失などがありますが、どれもが軽い障害で済みました。この間、お世話になった皆様に心からお礼申し上げる次第です。

入院して味わったこと

 この度の入院の経験、社会復帰の経緯の中で味わったことから、六つのことを強く感じました。一つ目はカナダと比較し、日本のバリアーフリー対策がとても遅延しているということです。二つ目は、社会復帰しようとする障害者の筆舌しがたい精神力の強さを持ち備えていることを理解できた点です。三つ目は障害を持つと何十年と培った人間関係にも変化を帰すということです。四つ目は、治療・訓練の根拠を患者が納得するまで説明する重要性です。五つ目は地域に実際に出向かないと、真に自立した患者さんの生活は描けないというものです。六つ目は、医療従事者はマイナス思考に陥っている点を気付いていないということです。

バリアフリー後進国

 バリアーフリーが、いかに大切か身に滲みて分かった入院生活でした。東京都リハビリテーション病院入院中、自操用の車いすに乗り一人、外へ出たのですが、日本では、まったくといってよいほど、自操で車いすを運転することはできませんでした。平らなところ以外、自分の力では、まったく操作できない車いすをPT・OTは一生懸命、患者に処方しているのがとてもかわいそうになりました。

 人は何をするにも、多くは人の手を借りずにできますし、しています。それがひと度、障害を持つと車いすの操作一つとっても、他人の手を煩わすことになりますが、この事がとても辛いのです。いかに、したいことが即座に自分でしているか、また、それがいかにすばらしいことか価値あることか理解できました。

 繰り返しますが、日本では車いすの運転一つできません。段差が多いし、凸凹があちらこちらにあるし、電柱は邪魔するし、坂は数知れず、車の往来が激しく危ないため、難儀します。歩けるようになっても、同じ理由で苦労しました。

 以前カナダへ研修させて戴いた時、四肢麻痺の人が電動車いすで一人買い物をしており、購入したものを店員が電動車いすに取り付けてある籠に入れている光景に遭遇したのです。その意味がやっと分かりました。どんなに自宅や家屋がバリアーフリーになっても、一歩外へ出たら動くことができない日本の現状では、障害者や高齢者が自立した社会参加することは不可能だと痛感しました。今のところは都市整備に時間がかかるので、日本では坂や段差が多いことを鑑み電動車いすの処方が有効ではないかと思われます。また、自由で、いつでも他人の手を借りずに外に出られるように、移送サービスの重要性も痛感しました。

社会復帰に向け必死な障害者

 自分で言うのは、おこがましいのですが、皆さんが想像している以上に障害者は社会復帰に向けて必死な思いをしています。もがき苦しんでいます。障害を抱えたままこの先どうなってしまうだろうと頭をめぐらしているのですが、住宅ローンや子供の教育費などが丁度重なっていたら余計大変です。

 早く退院して給料の取れる体に治したいという気持ちばかり、はやるのです。いかに焦る気持ちを抑え的確なリハビリテーションをしていくかが重要で、医療従事者がじっくり説明しないと効果は半減すると思います。私より障害が重い人が社会復帰しているところをみると尊敬の眼差しをおくってしまう私がいますが、おそらく自らが1種3級の障害者になって社会復帰をしたためだろうと思います。

変化する人間関係

 私は友人から母親がくも膜下出血で障害者となった瞬間、多くの友人が母親の元を去っていったことを聞かされました。人間はどんな姿になろうとも意識が今までと同じならば、今日まで培った人間関係が変化することをすごく嫌います。周囲の者が自分の変わり果てた姿を目の当たりにして、人間関係を変化させてしまうことにいたたまれない気持ちで一杯になります。

 私も周囲の者が、あまりにも気を使って良くしてくれるので、とても辛い気持ちになったことが2、3度ありました。周囲の者は今までのように何ら変わる事無く振舞うのが、とても重要になります。それが障害者の障害を克服するバネになることも知るべきです。障害者を見て、「もう何もできないであろう」と思うのではなく、「今の姿から何ができるか」という視点で、相手を見てあげることが大切ではないでしょうか。そこからが出発なのです。

納得する説明を

 検査や治療の根拠を説明することは病気を治す、障害を克服する気持ちを高める上では、とても重要です。医療スタッフだけ治療方針を知っていたのでは不十分で、治療や訓練の効果をより期待するのであれば、患者の持つ潜在能力を発揮させることが大切です。

 実は、それを引き出すのが「納得する説明」にあると言えます。患者の望まないことを押し付けても逆効果です。患者といえども、苦痛を伴う検査や治療、訓練は、その根拠が理解できなければ、やりたくないと思っているのです。

地域に出向いてこそ

 家の中をいくらバリアーフリーにしても、その障害者・高齢者が家に閉じこもってしまったら、そこには自立した社会参加できる自由な生活はありません。生き生きとした人間の姿は見つけられません。先ほども書きましたが、人は1人で自由に出歩ける生活を毎日何気なく送っていますが、そのことがとてもすばらしく価値ある事を認識すべきです。地域に出て患者を診る時は、この人が一人で外に自由に出られることを念頭におくべきです。

医療従事者の思考

 最後の六つ目です。そこに悪い状態がそこにあるから仕事が成り立つという仕事自体の性質がそうさせるのでしょう。医療従事者は、正常から逸脱した部分を探そう、悪い部分をみつけようとしています。

 その分、悪い人にサービスが集中していくのはいいことのですが、医療従事者はどちらかというと、できなかったことができるようになったり悪い状態が改善し良くなった人と共に喜ぶということが苦手です。その下手なコミュニケーションがややもすると患者のモチベーションを下げてしまうことに気付くべきでしょう。

これから

 いかに都市整備にバリアーフリーが必要か、バリアーフリーの都市がどんなにか健常者の生活も楽にさせるか。解決すべき問題点について訴えていきたいと思います。

 医療従事者がいくら障害者や高齢者のために自立した生活を提案しても、結局、外に出られなければ極端ですが生きている甲斐がないといってもいいでしょう。この重要な視点がこの国や国民には欠けています。

 超高齢社会に向けて、都市整備を急がなくては、いずれ高齢者になる私自身が皆さんが生活に困ることになると思います。いつ車椅子生活になるとも限らないのがお互いの人生です。これから皆さんの力で明るい未来を切り開き、人に優しい国にしていくことが大切です。私がこのような原稿をしたためることで、1件でも患者のことを考え反映した病院・施設が増えて行くことを祈念します。

               日本リハビリテーション専門学校 理学療法士
                      西沢滋和(にしざわしげかず)

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