2002.03.28

AHAの「tPAスキャンダル」、英国医師会の学術誌上で論争

 企業献金でガイドラインは本当にゆがめられたのか、それとも“李下に冠を正してしまった”だけなのか−−。英国医師会の学術誌、British Medical Journal(BMJ)誌は、3月23日号の「Education and debate」欄で、米国心臓協会(AHA)が製薬企業からの献金でガイドラインに手心を加えたとされる「組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)スキャンダル」を取り上げた。

 Education and debate欄は、医学的・倫理的に議論を呼んでいる話題を取り上げ、論客に誌上で意見を交わしてもらうコーナーだ。今号では、米国の医療ジャーナリスト、Jeanne Lenzer氏がスキャンダルの全貌と疑惑内容を同氏の視点で紹介。英国Western総合病院のCharles Warlow氏と、米国California大学Los Angeles校(UCLA)脳卒中センターの3人の医師が、それぞれ反論を行っている。

ガイドライン上でのtPA「格上げ」にAHAや医師への企業献金が影響?

 AHAの脳卒中治療ガイドラインでは、1996年版と2000年版とで血栓溶解剤tPAのアルテプラーゼの位置付けが大きく異なっている。1996年版では「適応は限られる」(クラス2b)だったが、2000年版では「原則全例に投与すべき」(クラス1)へと格上げがなされた。また、AHAは1990年代半ばから開始した脳卒中キャンペーンで、tPAが脳卒中治療で「命を救う」との表現を行った。

 同薬の格上げの根拠としてガイドライン委員会が重視したのは、2000年に発表された「NINDS」(National Institute of Neurological Disease and Stroke)試験。しかし、この試験では患者の無作為化に難点があり、軽症の患者がアルテプラーゼ群に、重症の患者がプラセボ群に多めに割り付けられていた。この試験の発表後も、米国やカナダの救急医療関連学会ではガイドラインの変更がなされなかった。

 また、NINDSを含むtPAの脳卒中臨床試験では、tPA投与群で生命予後が優れるとの結果は出ていない。そこで、脳卒中キャンペーンでの「命を救う」という表現について、Lenzer氏がAHAに根拠を問い合わせたところ、AHAはこの表現を撤回した。その過程で、アルテプラーゼの開発元である米国Genentech社から、過去10年にわたり1100万ドル(約14億6000万円)がAHAに献金されていることが明らかになった。

 さらに、Lenzer氏がガイドライン委員を個別に取材したところ、9人の委員のうち8人がアルテプラーゼの「格上げ」を支持したが、その8人中6人が、企業主催の講演会の演者を務めたり、企業の顧問となる形で、Genentech社や製造・販売元のドイツBoehringer Ingelheim社から報酬を受け取っていたことが判明した。なお、「格上げ」に反対した一人は、本人の希望でガイドラインの執筆陣から名前を外したが、ガイドライン委員会からも名前が外され、一見すると全員一致で「格上げ」がなされた形となったという。

 この他、NINDS試験の生データ公開をGenentech社や研究グループが拒否していることや、Genentech社が単独スポンサーで、ネガティブな結果が出た「ATLANTIS A」試験が、試験終了後6年間論文発表されなかったことなどをLenzer氏は指摘。AHAのような「臨床現場に対して大きな影響力を持つ専門家団体は、企業献金に対して厳格な基準を設けるべき」であり、こうしたガイドラインには「公平で科学的な議論を行う場での開かれた批判的吟味」が行われるべきだと主張している。

「企業報酬ない専門医まれ」「真のスキャンダルはtPAの過少評価」との反論も

 この意見に対し、Warlow氏は、ガイドラインの策定に関わるような(主導的な立場の)医師は、多かれ少なかれ企業から何らかの報酬を受け取っていると指摘。額にもよるが、報酬を受け取ったことが、すなわちガイドラインをゆがめたとは言えないと反論した。

 一方、UCLA脳卒中センターの医師らは、1.「ATLANTIS A」試験の予備的な結果は早期に公開されている、2.今年の国際脳卒中学会で発表されたメタ分析で、アルテプラーゼ投与群が対照群より予後が優れることがわかった−−など、Lenzer氏の意見には医学面での認識不足があると指摘。真の「tPAスキャンダル」は、同薬が必要な脳卒中患者に十分使われていないことだと強調した。

 この「tPAスキャンダル」は、海の向こうの物語ではないことを、多くの読者はお気づきだと思う。もちろんWarlow氏の指摘通り、主導的な立場の医師は、しばしば企業から講演などの報酬を受け取ることがあり、そのことを持ってその医師が関わるガイドライン作成がゆがめられたとは言えない。しかし、例えば「ガイドラインの記者発表を企業主導で行う」といった行為は“李下に冠を正す”行為であり、ガイドライン改訂に影響を与え得る臨床研究の論文発表の遅れや、生データへのアクセス制限も同様であろう。

 BMJ誌は雑誌の掲載内容を全てインターネット上で公開しており、意見の記名投稿も受け付けている。今回の誌上論争に関しても、既に複数の意見が投稿されており、Lenzer氏の要請した「公平で科学的な議論を行う場での開かれた批判的吟味」に一歩近づいたと言える。わが国でもまず専門家の間で、同様の議論が巻き起こることを期待したい。

 この誌上論争のタイトルは、「Alteplase for stroke: money and optimistic claims buttress the"brain attack" campaign」。現在、全文をこちらで閲読できる(リンク先の運営次第で変更になることがあります。ご了承下さい)。

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