2002.02.28

米で若年性アルツハイマー病を受精卵診断、JAMA誌で症例報告

 家族性の若年発症型アルツハイマー病に対する受精卵診断が、米国で行われたことが明らかになった。米国の生殖遺伝学研究所(Illinois州シカゴ)が実施したもの。同研究所は昨年6月にも、癌抑制遺伝子であるp53遺伝子に対して受精卵診断を行ったことを発表しており、遺伝性疾患の受精卵診断は今回が2例目となる。産まれた子供は母親の変異遺伝子を受け継いでいないことが確認されたが、母親が発病すれば子育てが難しくなると予想されており、倫理面からも実施の是非が問われそうだ。症例報告は、Journal of American Medical Association(JAMA)誌2月27日号に掲載された。

 受精卵診断(着床前診断)を希望したのは、姉の発病で家族性の若年発症型アルツハイマー病家系であることが判明した30歳の女性とその夫。アミロイド前駆蛋白(APP)遺伝子に変異があり、家系の発症パターンから、本人はおそらく30歳代でアルツハイマー病を発症することが予想されている。遺伝様式は常染色体優性遺伝で、子供に変異遺伝子が受け継がれる確率は2分の1。変異遺伝子を受け継いだ場合の疾患発症率(浸透率)はほぼ100%だ。

 「子供には変異遺伝子を受け継がせたくない」という両親の強い希望で、同研究所は受精卵の遺伝子診断を実施。体外授精で得た受精卵から、問題の遺伝子変異がないものを母体に着床させた。産まれた子供には、遺伝子の変異がみられないことが確認できたという。

 研究グループは「この夫婦が子供を持つ選択を行うためには、受精卵診断が唯一の方法」と主張。受精卵診断という選択肢があるとの情報を隠すより、情報を提供して夫婦の選択の幅を広げることの方が、倫理的にも許容できるのではないかと問いかけている。

 この症例報告に対し、同号に掲載された論説「Ethics of Preimplantation Diagnosis for a Woman Destined to Develop Early-Onset Alzheimer Disease」では、生まれてくる子供の福祉という観点から今回の受精卵診断に関する疑念を提示している。子供がまだ小さいうちに、母親がアルツハイマー病を発症する確率が高いからだ。実際、母親の姉には二人の子供がいるが、姉の発病がわかったのは子育てが困難になったのがきっかけだった。5年が経過した現在、姉は福祉施設にいるという。

 論説では、仮にこの夫婦が養子を希望した場合、母親がアルツハイマー病を近く発症する恐れがあることから、子育てに支障があるとしておそらく里親としては不適格とされると指摘。ただし、このようなケースでは多様な価値観が認められるため、医療従事者は患者を助けるだけではなく、社会に対して理解を求めていく必要もあるとしている。

 なお、わが国ではこれまで、受精卵診断の実施例は1例も報告されていない。日本産科婦人科学会は1998年10月、着床前診断に関する見解を発表。1.生殖医学に関する高度の知識・技術を習得した医師が、夫婦の強い希望に基づき、臨床研究として行う、2.重篤な遺伝性疾患のみを対象とする、3.実施に当たっては同学会に申請し許可を得る−−などの条件を提示している。

 同学会はこの見解に基づき、鹿児島大学が申請していた「受精卵の性別診断(男性のみが発症する遺伝性疾患の診断)」を、2000年3月に「性別診断より精度の高い、遺伝子の診断を行うべき」と却下。セントマザー産婦人科医院が申請していた「受精卵の染色体検査(習慣性流産を起こしやすい染色体異常のある受精卵を検査)」については、2000年9月に「重い遺伝病とはいえない」と却下している。このほか、東邦大学でも受精卵診断が計画されていたが、学内の倫理委員会は承認したものの、当該夫婦が子供を持たない選択をしたことで2001年2月に中止されている。

 この論文のタイトルは、「Preimplantation Diagnosis for Early-Onset Alzheimer Disease Caused by V717L Mutation」。アブストラクトは、こちらまで。

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