乳がん百科

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乳がん百科 powered by がんナビ 乳がん診療に関する全国調査 2012

乳がんの治療実態と調査の読み方、考え方

年間の手術例数が5万超、新規乳がん患者は6万近い?

 本調査への回答があった548医療機関における乳房切除数と乳房温存数の合計は、2010年の1年間で5万超、2011年の1〜6月で約2万5000例となりました。「乳がん患者数が多い医療機関が調査に回答したと考えても多いですね。乳がんになる人は年間6万人近いのではないでしょうか」と、本調査設計の監修者でもある京都大学医学部附属病院乳腺外科教授の戸井雅和さんは分析します。

 国立がん研究センターがん対策情報センターは、2006年時点で年間約5万4000人が乳がんになっていると推計しています。年々確実にその数は増えつつあると考えられます。

薄れる“温存神話”、温存率は3年連続6割

 乳房温存率は2008年と2009年が63%、2010年が62%と、この3年間6割台前半で定着。日本乳癌学会の全国乳がん患者登録調査報告でも、2006年に温存率が6割弱にまで到達して以降、横ばいが続いています。

 患者さんの希望は「できれば温存」であることに変わりはありませんが、「温存率は高いほどいい」とはいいきれません。「乳房内再発への懸念や温存後の見た目の問題から、温存神話は崩れつつあるのではないでしょうか。全切除して再建という選択肢を示す乳腺外科医も増えているはずです」と話すのは、日本屈指の年間200人超の乳房再建を行う再建専門クリニック、ブレストサージャリークリニック(東京都港区)院長の岩平佳子さん。

 その傾向は、乳房温存か乳房切除かの判断基準を問う設問の回答にも表れています。65%の医療機関が「全切除して再建をすすめることもある」と答えました。

 乳房切除後の再建率は2008年からの3年間で8%、10%、9.7%と目立った変化は見られませんでしたが、再建を念頭において治療方針を考える医師も増えているようです。ブレストサージャリークリニックでも、「エキスパンダーを入れるところから始める二期再建よりも、乳がんの手術をした医療機関でエキスパンダーを挿入しておき、当院ではインプラントへの入れ替えや乳輪・乳頭を作成するというケースが多くなってきました」と岩平さん。今後、インプラントを用いての人工物再建が保険適用となれば、再建率も上がってくると考えられます。

腫瘍サイズよりも総合判断、術前薬物療法の重要性増す

 乳房温存の適応基準については、年々変化が見られます。日本の乳房温存療法ガイドラインにある乳房温存術の適応基準、「腫瘍径が原則3cm以下」というしこりの大きさよりも、乳房やしこりの大きさのバランスを重要視する傾向が強くなっていることがうかがい知れます。

 また術前薬物療法によって“小さくしてから切る”という考え方が主流になってきました。さらに前述のように、全切除して再建という考え方の浸透もうかがえます。

リンパ節に転移があっても、切除しない医療機関が散見

 今回の調査では、標準治療として広く行われるようになったセンチネルリンパ節生検の実施数とリンパ節への転移の有無、その結果、リンパ節郭清(かくせい)(リンパ節の切除)を行ったかどうかについて、初めて聞きました。

 センチネルリンパ節生検は手術例数の約7割で行われていて、そのうち約8割が「転移陰性で郭清省略」つまり、がんの転移はないとの判断から、それ以上のリンパ節郭清は行わなかったということになります。残りの2割が転移陽性と見なせるわけですが、その場合はリンパ節郭清を行うのが一般的です。

 しかし近年では、転移陽性の患者にリンパ節郭清を行わなくても生存率は変わらないという試験結果を支持する向きもあります。本調査においては「転移陽性で郭清省略」が2010年1年間の転移陽性例で6.2%、2011年1〜6月までで同8.6%と、少しずつ増える傾向が見られました。

 「転移陽性は郭清するのが当然」という声が多い中、「患者さんによく説明して、同意が得られたら郭清を省略する」というコメントを寄せる医療機関も。

 戸井さんは「転移陽性でも郭清しなくていい症例がかなりあると以前から考えていました。郭清を省略しても生存率が変わらないという比較試験の結果が発表された2010年ごろから、この件に注目が集まっています。施設ごと、医師ごとに方針が異なるのが現状ですが、今後徐々に変化していくでしょう」と話します。

 リンパ節をとるか残すかでは、リンパ浮腫などの副作用の程度が大きく異なってきます。受診する医療機関の方針をよく確認し、納得のうえで治療を受けることが大切です。

リンパ浮腫外来は約3割に設置

 術後のリンパ浮腫の治療を専門に行う「リンパ浮腫外来」がある医療機関は、前回の調査から5ポイントアップの27%となりました。「リンパ浮腫外来が増えたのはよい傾向。これが第一歩です。しかし一方で、リンパ浮腫外来はできても実際の運用面には問題も多く、閉鎖せざるを得なかった医療機関もあります」と話すのは、術後のリンパ浮腫に詳しい広田内科クリニック(東京都世田谷区)院長の廣田彰男さん。

 患者さんへの指導や説明は、“医師の指導のもと”看護師や理学療法士が行うことになっていますが、「専門の医師が少なく、また経営的には医師を配置するほどのメリットも大きくないため看護師や理学療法士に大きな負担がかかっているのが現状」(廣田さん)とのこと。

 「リンパ浮腫外来はないが、適切な指導を行う」という医療機関も62%に及び、リンパ浮腫外来があるところと合わせて89%が何らかの対策を講じていることになりますが、「一連の指導をきちんと行えば、ゆうに1時間はかかります。専門スタッフの育成機関や資格制度もできていないため、正しい指導が十分に行われているとはいえないのが現状と考えられます」(廣田さん)。

増殖の指標Ki67は、8割で検査実施

 「ルミナルA」や「ルミナルB」といった乳がんのタイプ分けの参考となる増殖の指標、「Ki67」の評価は80%の医療機関が行っていました。前回の調査では61%、前々回は48%でしたから、この数年で急速に普及したといえるでしょう。

 またKi67の評価を行っている医療機関のうち、73%が「院内」で評価を行っていました。院内で行うかどうかは、病理診断の精度管理の面で重要なポイントです。「Ki67の評価方法は標準化されていないため、検査結果は、医療機関ごと、病理医ごとに少なからず差異が出ます。自院で評価できる体制があるほうが好ましい」と、乳がんの病理診断の第一人者である埼玉県立がんセンター病理診断科科長兼部長の黒住昌史さんは話します。

再発患者の受け入れ、8割超が新規OK

 乳がんの患者数は確実に増えています。治療は進歩していますが、一定数の再発は避けられません。再発後の生存期間は、喜ばしいことに延びる一方。ですから、再発患者数は増え続けるのが必至です。

 このような状況下では、「自院で最初から診ている患者さんのフォローで手がいっぱい。再発後の方を新規の患者として受け入れるのは難しい」という医療機関があってもやむを得ないかもしれません。とはいえ初期治療を受けた医療機関とは別の医療機関で再発後の治療を受けたい、という患者さんもいます。

 そこで今回、再発した患者さんを新規の患者として受け入れるのが可能かどうかを聞いたところ、回答医療機関の86%が受け入れ可能と答えました。

 「これが本当なら大変心強い」と話すのは愛知県がんセンター中央病院乳腺科部部長の岩田広治さん。「治療が進歩し、再発患者の総数は少なくなってきたとはいえ、年間100人の新規の患者を受け入れているなら20〜30人の再発患者を治療しているはず。ところが年間手術件数が400を超える当院では、現在200人以上の再発患者を診ています。つまり約半数は他院で手術をした再発患者を診ているということです」と岩田さんは指摘します。

 一方、戸井さんは「新規の乳がん患者数が100人程度あると、再発後の治療をきちんと行っていくのは結構大変です。薬物療法でフォローしていける段階になったら、地域の診療所にお任せできる体制があるのも望ましい」とのこと。病診連携体制があるかどうかも、医療機関選びのポイントになりそうです。

診断のカギを握る病理医、8割にいても不足状態!?

 診断のカギを握る病理医は、慢性的な人手不足が続いています。調査では、常勤の病理医がいる施設が68%、非常勤の病理医がいる施設が14%と、合計で8割超の施設にいました。

 この結果から「比較的大きな病院に乳がん患者さんが集まっていると考えられます。しかし、ほとんどが“一人病理医”のはず。一人で乳がんも他のがんも何でも診断しなくてはならない体制で、ダブルチェックも行えないのでは」と黒住さんは問題視します。乳腺専門の病理医が常在する医療機関は非常に少ないのが現状です。今のペースで乳がん患者が増え続けていくとしたら、この状況はさらに悪化する可能性があります。

放射線専門医、心の専門医、認定・専門看護師が少ない

 乳がん診療にかかわる専門医が、常勤・非常勤にかかわらずいるかどうかも聞きました。乳腺専門医、薬物療法の専門家であるがん薬物療法専門医あるいは暫定指導医、病理専門医、循環器専門医は7〜8割、放射線治療専門医はやや少なめの6割に存在します。がん患者の心のケアを行う精神腫瘍医がいるのは2割で、なかなか増えません。

 入院・通院治療の際、頼りにしたいがん関連の認定・専門看護師は、76%の医療機関に存在し、平均3.6人という結果に。この結果について日本看護協会常任理事の洪愛子さんは「全国に400弱あるがん診療連携拠点病院それぞれに、これらの認定・専門看護師は5〜6人います。平均3.6人というのは望ましいところではありますが、理想は各認定・専門看護師が一人ずついること」と指摘。

 ただ、例えばがん放射線療法看護認定看護師は全国で64人しかいないうえ、「85%はがん診療連携拠点病院にいます」(洪さん)。乳がん看護認定看護師の数も163人。まだまだ少数で、全国の医療機関への普及はこれからです。

 専門医や認定・専門看護師の名前や所属医療機関名のほとんどは、各学会、日本看護協会のウェブサイトで公表しています。

地域に門戸を開く相談窓口、がんサロンも定着

 がんに関する生活上の悩み、経済的問題、心の問題などが相談できる窓口は、意外にたくさんありました。

 がん診療連携拠点病院は、自院の患者さんだけではなく地域住民からの相談にも応えることが義務付けられていますが、本調査に回答した医療機関の半数が「地域住民からの相談も受け付ける」と回答しています。これらの相談窓口は、病院内の比較的分かりやすい場所に設置されていますから、近くの医療機関をのぞいてみてはいかがでしょうか。

 また、外来のそばなどに、患者さんやその家族が集い、話し合えるスペース「がんサロン」を設置する医療機関も増えています。院内になくても、地域のがんサロンを紹介するところも。これらを上手に利用して、乳がんと闘っていきましょう。

※2012年3月1日時点