■コラム&インタビュー 一覧|治療法
2007.07.02 日経ビジネス特別版「がんの診断と治療」より
 

「最近は診断技術の進歩やがん検診の普及で、リンパ節に転移がない早期の患者さんの割合が増えています。このような患者さんにとって、予防的に広範囲にわたってリンパ節を取る拡大手術は不必要な手術です。必要十分な切除にとどめる縮小手術ができれば患者さんのQOL(生活の質)を保つことができます。もちろんリンパ節転移を見逃すと、がんは広がってしまいますから、リンパ節に転移があるかないかを正確に見極めることが大切になります。これを安全かつ合理的に行うための手段の一つとして注目されているのが、センチネルリンパ節生検(以下、SNB)です」と、北川雄光氏(慶應義塾大学医学部教授)は、縮小手術と、これを支える病理検査の必要性を説く。

センチネルリンパ節生検とは?

 センチネルリンパ節とは、がんの原発巣とリンパ管で直結したリンパ節で、がんは最初にここに転移する。センチネルとは見張りという意味だ。がんの切除手術中にセンチネルリンパ節を取り出して顕微鏡で見て、転移の有無を診断する。ここにがんが転移していなければ、それより先のリンパ節にも転移していないので、切除せずに残すというのがSNBの考え方だ。
 ちなみに、センチネルリンパ節の数はどの臓器が原発巣かによって異なる。乳がんの場合は1〜2個、胃がんでは3〜4個、食道がんの場合はもっと多い。原発巣を取り囲むリンパ節の中で、どれがセンチネルリンパ節かを見極めることが重要である。

 センチネルリンパ節を見つけるには、トレーサーという色素や微量の放射性同位元素(RI)をがんの病巣に注入する。がんから流れ出した色素を目で追えば、最初に到達するリンパ節を見つけられる。だが、食道や直腸などリンパ液の流れが複雑になっている部位のがんの場合は、センチネルリンパ節に蓄積したRIが放出するγ線(ガンマ線)を、ガンマカウンターを使って検出して判断する。現在では正確を期すため、色素とRIを併用する方法が主流になっているという(図1)。

 日本で最初にSNBが注目されたのは、乳がん患者の腋下リンパ節を切除しない縮小手術を行ったときだ。1998年から井本滋氏(現杏林大学医学部乳腺外科教授)が国立がんセンター東病院でこの縮小手術を開始し、その後はかなりの施設で試みられるようになった。井本氏は、「触診でリンパ節転移が認められず、病巣が3cm以下で、さらにセンチネルリンパ節に転移がない場合は、それより先につながっているリンパ節の切除をしない」と言う。

 センチネルリンパ節を見つけにくい消化器にできる胃がんや食道がんに対しても、日本は世界に先駆けてSNBの導入を始めている。
 北川氏は、「縮小手術を目指して、98年から胃がん、食道がん、直腸がんなどおよそ600例にSNBを試みました。胃がんについては、おそらく縮小手術が可能になるだろうと実感しています(図2)。この過程で、よく分からなかった『跳躍転移』について、新しい仮説も生まれました。『跳躍転移』とは、原発巣に直接つながっていないと思えるほど離れたところにあるリンパ節に転移していることです。これは長い間我々外科医の悩みの種で、そのために拡大手術が行われてきました。ですが、トレーサーを使うとリンパ液の流れを正確にたどることができるので、今まで『跳躍転移』と考えられていたものが、実は直接つながっているセンチネルリンパ節であり、単に原発巣から離れたところに存在していたにすぎないということが分かってきました」(北川氏)。

現在、胃がんを例にとると、センチネルリンパ節を見つける確率(同定率)は96%(393/408)、SNBによる転移しているかどうかの診断の正しさ(正診率)は99% (390/393)だという。

患者に優しい外科治療を目指して

 しかし、乳がん、胃がんのSNBによる縮小手術は、現在、臨床研究※1の段階で、標準治療※2にはなっていない。長期にわたる有効性を示すデータがそろっていないからだ。そこで、SNBによる縮小手術を行ってきた医師らが集まり、センチネル・ノード・ナビゲーション・サージェリー研究会(センチネルリンパ節生検を応用した外科手術の研究会)を立ち上げ、現在2つの大きな研究を進めている。1つは乳がんのSNBによる縮小手術について日本版ガイドラインを作成すること。全国からおよそ1500例のデータを集めて解析を行っている。もう1つは胃がんについて同様に300例以上のデータを集めて、安全性と危険性について定量的な評価を行っている。これは数カ月以内にまとめて発表する予定だ。

 北川氏が所属する慶應義塾大学病院では、この結果に応じて、今まで試験的に行ってきたセンチネルリンパ節に転移していない患者への縮小手術を、本格的に始める予定だという。
 「将来的には、現在、開腹手術で行っている胃がんのSNBを腹腔鏡などで同定して生検する方向にもっていきたいと思います。そうすれば、転移があまりない胃がんの患者さんなら、開腹手術でなく腹腔鏡で手するとともに、切除範囲も縮小した手術ができると思います。それには、γ線の検出器なども、今よりもっと精細で柔軟に使えるものが必要になります。これらの環境が整えば、これまで以上に患者さんに優しい外科治療が可能になるでしょう」(北川氏)
 がんの外科療法の分野では、ともすれば根治性を求めるあまり、必要以上にQOLを犠牲にする治療が行われてきた。しかし、今、その見直しが着々と進みつつある。

「患者さんが入ってくると、まず、X線あるいはCTで位置決めをします。この情報をもとに、私が治療計画を作ります。そして、私と技師さんとで、どのように放射線を当てたら良いかを考えるわけです。ですから優秀な技師さんは不可欠で、今回も防衛医大時代からの技師さんにスタッフに加わってもらいました。画像を描くためにコンピューターを使いますが、あくまでも治療計画を決めるのは医師だということが重要です。
 私はIMRTのようにすべてをコンピューター任せにはしません。飛行機の自動操縦装置を、離着陸では決して使わないのと同じです。この後、ベッドを移動してライナックの4次元ピンポイント照射に移ります。がんの部位にもよりますが、だいたい1回の照射時間は、20分程度です」(植松氏)
 以前は能率を考えて1週間くらいで治療していたが、現在は、時間をかけた方がより安全な治療ができるので、2〜3週間かけて治療を行っている。

 


※1 臨床研究:病気の予防、診断、治療方法の改善や患者の生活の質の向上を目的として実施される医学的研究で、人を対象とするもの。当然、患者への説明と同意が必要とされる
※2 標準治療:医師個人の経験や勘ではなく、大規模な臨床試験によって得られた医学的な根拠に基づいて行われる治療。ただし個人差もあるので標準治療が、その人にとって最も良い治療とは限らない。