■コラム&インタビュー 一覧|治療法
2007.07.02 日経ビジネス特別版「がんの診断と治療」より
 

 ここ数年、新しい肺がん手術として話題にのぼることが多いのが、胸腔鏡手術(VATS=Video-Assisted Thoracic Surgery)である。肋骨の間を小さく何カ所か切開し、胸腔内に挿入した内視鏡を使って肺がんの手術を行う。手術の際の傷が小さく、患者の体の負担が軽い(低侵襲)という利点があるが、大きく切開する従来型の開胸手術に比べて、手術の質を保つのが難しいという指摘もある。胸腔鏡手術では日本でもトップクラスの実績を持ち、胸腔鏡を使いながらも、重要な患部は必ず直接目で見るハイブリッド型の胸腔鏡手術を実践する、広島大学・腫瘍外科教授の岡田守人氏は胸腔鏡手術のポイントを次のように語る。

Delayed Scanと特徴ある読影レポート

 「肺がんの手術で、低侵襲というと、2つの方向性があります。そこをまずしっかり頭に入れてください」
第1の方向性は「肺をいかに小さく切るか」だ。手術の際、肺を大きく切除すればするほど、がんの再発は少なくなるが、それだけ肺活量が減って、手術後の患者の生活の質は落ちる。がんを100%治した上で、できるだけ大きく肺を残すのが一番大事な低侵襲なのである。
 これができて初めて、第2の方向性として視野に入ってくるのが胸腔鏡手術だ。手術の際に切る範囲をできるだけ小さくして、手術後の痛みを減らし、回復を早める。この胸腔鏡手術はもちろん画期的な手術法なのだが、胸腔鏡にこだわるあまりに、がんの根治をおろそかにするとしたら本末転倒である。また、できるだけ大きく肺を残しながら再発を防ぐという高度な手術を目指さなければ、手術の際の傷がいくら小さくてもあまり意味がない。専門家の中にも、こうした当然の原則を忘れて、胸腔鏡を使う技術にだけ固執するケースがあるという。
 胸腔鏡手術の前に、「肺をいかに小さく切るか」を追求する「縮小手術」の現状についても知っておこう。次頁、図1の 「肺葉切除」が、いま最も標準的な肺がんの術式である。肺は、右肺が3つ、左肺が2つのパーツ(肺葉)に分かれている。「肺葉切除」はがんができた肺葉を丸ごと切除し、がんが転移している場合はリンパ節も取る。図2の「区域切除」、図3の「部分切除」が「縮小手術」である。まず「区域切除」は、がんができた肺葉の一部(3分の1〜5分の1程度)を扇形に切除する術式で、「肺葉切除」と同様にリンパ節に転移がないかを確認できる。次に「部分切除」は、がんができた周囲だけを切除するものだ。手術は簡単だが、リンパ節転移が評価できないことが最大の欠点である。

集積度で悪性度を判断

 「まず区域切除については、2cm以下の小さな病変の場合、一番良いとのコンセンサスができつつあります。リンパ節への転移がないかを組織を直接取って調べることができ、肺も多く残せる。再発を防ぎ、低侵襲という、良いとこ取りの方法です」。
 こう話す岡田氏は、「区域切除」について、独自の手法も開発した。これまでは、切除する患部以外を膨らませて、その境界を切るのが一般的な方法であった。岡田式の手法は、逆に全体をしぼませ、切除する患部を膨らませる。
 「JETという弱い空気で膨らませるので、視野が確保しやすく、切除する境界がクリアに見えます。肺葉の中には、解剖学的な切れ目(区域間)があり、その切れ目を境界にして、電気メスできれいに切れば、空気も漏れにくいし、出血も少ない。肺の機能もより大きく残せます」

(岡田氏)手術前には、がんの悪性度を評価し、リンパ節への転移の可能性を予測して、「肺葉切除」「区域切除」「部分切除」の中から術式を選ぶ。そのための方法として、岡田氏が重視しているのがCT検査にPET検査を加えることである。 右下のグラフは、横軸にがんのサイズ、縦軸にPET検査で得られたブドウ糖の集積度を表すSUV※(標準摂取率=Standard Uptake Value)をとっている。



 一見して、がんのサイズが大きいほど、またSUVが高いほど転移、浸潤のあるケースが増え、がんの悪性度が高まることが分かる。さらに、リンパ節などへの転移、浸潤があるかどうかの境目は、がんのサイズでいえば2cm、SUVなら1.5あたりにある。つまり、サイズが2cm以下の小型のがんで、SUVが1.5以下の集積度ならば、まだ転移、浸潤していない確率が高い。PET検査で得られるSUVは、術式を決める際の有力な指標になるのだ。

「縮小手術は2cmが分かれ目。ただ2cm以下のがんでも、悪性度が高ければ、やはり肺葉切除を選びます。あえて温存した肺に再発する可能性が否定できないためです」と岡田氏は語る。

モニターに頼らず目でも確認

 2002年、岡田氏はニューヨーク・コロンビア大学への留学から帰国し、前任の兵庫県立成人病センター(現・兵庫県立がんセンター)でここ数年間に500例を超える肺がん手術を手がけた。その中で独自に確立したのが、ハイブリッド型の胸腔鏡手術である。切開するのは2カ所。約1cmの切開部からは胸腔鏡を挿入する。一方、約4〜5cmの切開部からは自分の目で患部を直視し、手術器具を入れて、血管をくくり、電気メスで切るといった一連の操作をする。

 「モニターで見るだけでは、やはり手術の質が落ちると思います。だから難しい患部は必ず自分の目で確認します。その上で胸腔鏡も併用して手術を進めていく。4cmの切開で、手術の質が落ちると判断すれば、躊躇なく6cm、8cmへと切開部を大きくします。しかし、質が落ちない限りは、最小限の傷で手術するようにします」

 直視と胸腔鏡を併用し、手術の質と低侵襲の両立を目指すのが、岡田氏が開発したハイブリッド型の胸腔鏡手術である。 岡田氏は、術後のフォローアップのためにも、PET検査を積極的に使っている。例えば腫瘍マーカーが上がってきても、CTでは病変が見あたらないといった場合、PET検査を実施すれば、転移や再発をいち早く発見できるという。

 「最近は、検診などで、早期の小さな肺がんがたくさん見つかるようになってきました。こうした早期の肺がんならば、手術後も長生きできるので、肺を小さめに切る手術には大きな意味があります。また同じ人に10年後にまた肺がんができたとしても、最初の手術で小さく切っておけば、再度の手術も可能になります。さまざまな意味で、肺活量を残す低侵襲の手術には、大きな意義があります」
 今年春から着任した広島大学には、岡田氏の手術を受けるために、全国から患者が集まっている。